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第三話 クモノス


「よし、このくらいで大丈夫かな」

三希はしたたる汗を拭い、磨き上げた"元"自分の区画を誇らしげに見た。
丁度良く部屋のインターホンが鳴り、三希はモニターを確認した。運搬担当の人だ。
学園の腕章をつけている。
受話ボタンを押し「入ってちょうだい」と短く言い解錠ボタンを押す。
2人の男は手際よく段ボール5箱を持っていき、いよいよ自分がここにいた証が全て無くなった。

「三希、本当に行っちゃうんだね」
「寂しくなるなぁ……」
「春香、千成……そう言わないで。せっかく我慢してたのに」

三希は意思とは無関係に目に涙が溜まるのを感じた、鼻が詰まってくる。

「規則だもんね……しょうがないよ。部屋が別になっても今まで過ごした9年間は忘れないよ」
「うん、ありがとう春香。私も忘れない」

三希、春香、千成は固く抱きしめ合った。
皆徐々に背中が徐々に濡れるのを感じた。

「あ、鼻水」
「こら三希!!!」
「あはは、千成。ごめーん」

中等部3年の3月。
卒業とともに蜘蛛霧衆の一族は今までの部屋を離れ、一族専用の寮に移る決まりになっている。
理由は高等部から蜘蛛霧衆が将来受ける仕事を想定した実践に近い特別訓練が行われるからだ。
実際任務につく事もあり、極秘の内容が多いため学校の方針として他の流派から隔離された場所に蜘蛛霧衆専用の生活エリアを設けている。
国語数学などといった通常の授業は他の流派の生徒と一緒に受けるが蜘蛛霧流の鍛錬、任務があればそちらを優先しなければならない。
なおかつ、通常の学科を落とす事も許されないため、中等部とは違いハイレベルな事を要求される。
慣れないうちは授業や任務に追われ、要領よくこなせず心を病む生徒もいる。
しかし三希にとっては目標への一歩。心を躍らせていた。
早く一人前になって父、雲海を見返しポチの一件を謝らせること。
これが三希が長年抱いていた目標だ。
三希はこれから待っている厳しい生活へ胸を膨らまし、合同寮を去っていった。

「三希様、お待ちしておりました」
「助蔵、早いわね」

蜘蛛霧衆が住まうエリア、通称"クモノス"ーーー
初めてその呼ばれ方を聞いたとき、ジメジメして辛気くさいイメージを三希は持った。

「で、何よこの階段は……」

300段近くもの白く均一に並んだ石段が真っすぐクモノスへ続いている。
階段を辿った先にある入り口はとても小さくここに忍び込もうと試む人をどん底に陥れるには十分だと三希は思った。

「さすが、日本一の精鋭部隊養成所だわ。これを毎日登れってのね」

きっと私はここで強くなる。そう思うと三希は武者震いと笑みを抑えられなかった。

「助蔵、走るよ。遅れるな」
「はい、三希様」

瞬間、その場から二人が消えた。
いや、消えたのではなく10段、20段と一気に駆け上がり、あっという間に100段以上進んでいた。

「助蔵気をつけて。多分何かある」
「ええ、その様ですね」
「疲労が溜まる頃に攻めてくるとは良い根性してるわね」
「全くです」

巧妙に隠している様だが微妙に変わった石段の踏み心地、それを二人は逃さなかった。

「始まったわ」

150段を超えた辺りだろうか、階段が少しずつ帆をたたむ様に無くなっていきとうとうただの坂道になった。
三希と助蔵は足を取られない様に階段が畳まれる間、近場の木に飛び移りながら前へ進んだ。

「さて、どこに仕掛けてくるかね。どう思う?」
「そうですね……両方、でしょうか」
「同感、じゃあ私下から行くわ。負けたら罰ゲームね」
「はい」

三希は助走をつけ思い切り太い枝を蹴り、坂となった道に降りた。
そして滑る様に走り抜く。傾斜があるとは思わせない速度だ。
坂の上から一つ、手のひらに収まるくらいの小さな黒い玉が転がってきた。
続けてもう一つ、二つ、三つと数えきれない位転がってくる。
当たったら絶対何かあると確信した三希は慎重に避けながら前へ進んだ。
先の方で一つコースを外れた玉が木にぶつかる。
すると爆発し木が一つ吹き飛んだ。

「マジか……殺る気!?」

もう一つ、気にぶつかった玉は何も起きない。
しかし横を通ると鼻が曲がる位の異臭を放ち思わず首に巻いているスカーフを鼻に充てた。
三希は急に助蔵が心配になった。
地上の玉攻撃だけでは無く空中にも罠が仕掛けてあるだろうからだ。
昔みたいにあらゆる罠に引っかかり泣いていないだろうか。
しかし三希は助蔵を気にかけている余裕は無かった。
休み無く続く玉を一つ残さず避けなければクモノスに着くどころか命を落としかねない。
今、果たしてどれくらい進んだのだろうか。
緊張と死への恐怖で精神的に負荷がかかり息が上がる。
落ち着け、落ち着け、落ち着くんだ。
何度自分に言い聞かせても体と心は正直だった。
やっと正門が見えてきた。
気付くと玉の流れがいつの間にか止まっていて残り数メートル、三希は息を絶え絶えにしながら歩き頂上へ着いた時には両足を地面についていた。

「三希様、大丈夫ですか?」
「え、うそ。助蔵先に着いてたの!?」
「……いえ、今着いたところです」
「そ、そっか。じゃあ、私の勝ちね……ハァ」
「それよりも、こちらをお飲み下さい」

助蔵は三希に水入りのペットボトルを渡した。
三希は「ありがと」と短く言い3口程飲み再び思いきり息を吸った。
今まで登ってきた坂を見るといつの間にか階段は戻っていて黒い玉も綺麗に無くなっていた。それに少し三希は違和感を覚える。

「ようこそいらっしゃいました、東雲三希様」

急に響いたとてつもなく渋い男の人の声。あまりにも不意打ちすぎて、まだ落ち着いていない三希の心臓に追い打ちをかけた。
助蔵はすかさず腰に下げてる小刀に手を置いた。


「驚かせてしまい申し訳ありません。私、こちらの寮で執事を担当させていただいている、日南 繁と申します。蜘蛛霧衆の若き者たちをお世話させていただいております」

そう言うと、日南は深々と三希にお辞儀をした。
あまりの丁寧さに三希はすぐさま立ち上がり、同じ様にお辞儀をし「よろしくお願いします」と言った。

「さて、外でお話しするのもお身体が冷えますから中へお入りください」

日南に丁寧に案内され、頑丈なクモノスの門を二人はくぐった。
入った瞬間、匂う緑の香り。春だからか甘い花の香りも時折混じる。

三希はおもわずむせ返りそうになった。実家と同じ臭いがすると思ったからだ。
道はいきなり右へ曲がっている。侵入者を簡単に入れさせないためであろう。

まっすぐ行こうとしても木々がうごめいていて、すぐに方向感覚を無くさせる作りになっている。
そして道ももちろん一本道ではなく二股や三股に何度も分かれる。

日南を見失ったら100%迷う、そう感じた。

「作った人の性格がよくわかるわね」

「ええ、大分ねじ曲がっているに違いありません」

「この道は、青龍学園の生徒会の方々が改修を重ね作られているのです」

「生徒会?」

「はい、青龍学園の生徒会は代々蜘蛛霧衆の本家と本家に近い方々で構成されます。三希様は本家筆頭のお方なのでいずれはこのプロジェクトに携われるでしょう」

「プロジェクト……そんな大げさなことなの?」

「もちろんです、外敵からお守りする重要な場所ですからここは。さて、着きましたよ」

日南の言葉とともに陽の光が強くさした。
先ほどからずっと暗かったので目が慣れず三希は目を細くした。

先に見えたのは純日本風の建物だ。
さすがにこんなに大きくはないがここも実家と非常に似ていると三希は思い落胆した。

あまり新鮮味がないからだ。

「さて、まずは現生徒会長にお会いしましょう」

建物の中に入る。雨よけ用の屋根が玄関まで続いており地面はレトロな石畳。
屋根が外れた場所には白く細かい石が敷き詰められ、時折大きな岩や松の木が植えられている。

玄関は軽く20人分の靴を置ける位の広さで下駄箱にはスリッパが綺麗に並べられている。
下駄箱の上にはありがちな鮭を加えた熊の木彫り像が置かれていた。
10代というより50代のおじ様達が好みそうなデザインだなと三希は思った。
日南は三希の気持ちを読んだかのように「時々ここで蜘蛛霧衆の会議を行います」と話した。

三希達はスリッパに履き替えすぐ左にある客間に案内された。
6畳くらいの畳の部屋で壁には何が書かれているのか良く分からない掛け軸。そして高そうな壷。季節の花らしきものが綺麗に飾られている。
障子の先に庭が広がっており、小さな池からちょろちょろと水の流れる音が聞こえる。

「おや、会長は席を外しているみたいですね。少々こちらでお待ち下さい」

三希達は用意された座布団に座り会長を待つことにした。
日南は二人にお茶が出た事を見届けると席を外した。

「どこまでも実家みたいだね、助蔵」
「そうですね」

池から聞こえる水音と静かにふく風が心地よく、三希は夢へと誘われそうになった。




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